2023年10月5日木曜日

「配偶者☆デスノート」と刑法のお話

 どうも. 銀座四丁目「ミカエリス麺店」総料理長の宇佐美です.

本日は, 共犯と共同正犯の話をします.

いや~それにしても, それなり(それなり)の学歴の方々がインチキ法解釈に興じてて萎えてしまう季節になりました.

これでは「理系は文系の完全上位互換」とか言ってられません.

さて, 目下のところ, 巷では「配偶者☆デスノート」なる深夜アニメが流行っているようです.

無知蒙昧な方々が X (旧・ツイッタ)で「これは教唆犯だ」だの「いやいやこれは幇助犯だ」だの吹きあがっておるようですが,  結論だけ申せば教唆犯も幇助犯も認容する余地はないように思われます.

ただし, 幣料理長は, 実際に当該ウェブページを確認したわけでなく, TLに上がってくるスクリーンショットや伝聞ベースの話になることには留意してください.


さて, 幇助犯の話をします. 

我が国の刑法典(「刑法」という名前の法令)では, 62条1項に規定されています.

「正犯を幇助した者は, 従犯とする。」とだけ書かれています.

定義規定(じゃあ幇助ってどういう意味か説明してくれる条文)もなく, なにがなんだかわからないので, 判例の出番です.

裁判例(最高裁判所以外の判例)では, 「幇助犯は他人の犯罪の実現を容易にしようとするもの」としています.

これもなんだかよくわかりません. 

ホームセンターの店員が包丁を売ったら幇助として処罰されるのでしょうか?

もちろんそんなことはありません. 

積極的に「犯罪の実現を容易に」することが必要であることは考えるまでもありませんね.

ここで少しWinny事件(最判平成23年12月19日)に立ち寄ってみましょう.

「そのような技術を外部へ提供する行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは,その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識,さらに提供する際の主観的態様いかんによると解するべき」

とあります.

「配偶者☆デスノート」は, 犯罪を幇助しているといえそうでしょうか.

いえないでしょう.

もっぱら犯罪の手段として供される情報を公開したとしても, 言論の自由(憲法21条1項)の壁は極めて厚く, 具体的な客体を指定して犯罪を誘引するようなものでなければ, 幇助の成立の余地はないとみるべきです.

「この薬物を盛ると人間は死ぬ. この方法を使えば配偶者を云々...」をもとに現実の犯罪が生じたとしても, その程度の情報提供に対して幇助を認めていては, この世の出版物の何割かが消えることになるのでないでしょうか.

もちろん警察もこのようなサイトの存在は把握しているはずであり, 違法性がないと判断したからこそ何年もサイトが存続できたといっても過言ではないでしょう.


次に, 教唆犯です.

61条1項に規定されています.

「人を教唆して犯罪を実行させた者には, 正犯の刑を科する。」とあります.

教唆とかいう行為をしたら刑は正犯と同程度だよという意味です.

教唆はすでに形骸化した規定です. 私はロースクール出身なので, 教唆犯の議論はそれなりにやらされましたが, 実務で教唆が問題になることはないと思われます.

例外は経済犯を含めたいくつかの知能犯や特別法の規定でしょう.

なぜ教唆犯は形骸化しているといえるのでしょうか.

親が5歳くらいの子供を指揮監督し銀行強盗をやらせたらどうなるか, 想像してみてください.

もちろんこの子供を処罰することはできません. 多少悪いことであることを想像する能力があったとしても, およそ反対動機(踏みとどまる意思)を形成し得ないためです.

では誰を処罰するか. 間接正犯として親を処罰します.

精神疾患の人間を意のままに操って犯罪を実行させるような場合も同様です.

では反対に, 「オレ, ●●の方法で××をやれると思うんだよね!▽▽も一緒にどう?」などとして犯罪を実行したらどうでしょうか.

これは明らかに正犯者としての意思が認容できるため, 正犯であることは疑いようもないでしょう.

そして, 技術の提供と実行を分担しあって犯罪の実現に向かうわけですから, これは共同正犯(60条)となるわけです.

「二人以上共同して犯罪を実行した者は, すべて正犯とする。」という規定です.

少し乱暴な議論ですが, 上記二者の間に位置するのが教唆犯です.

しかしながら, 本当に上記二者の中間点が存在するかというと, これはかなり怪しい話になってしまうでしょう.

常識的に考えて「犯罪の実現を企図しつつも口だけ出す」ような類型が存在するとは思えません.

結局, ほとんどは共同正犯で処理できるため, 教唆犯の成立を認める余地はないわけです.

それではまた🐰